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ベイスターズの背番号8番!その意味と歴代の8番の選手をご紹介

こんにちは、みっつです。

日本で数字の8というと、末広がりと言って縁起が良いという事で、人気のある数字の1つではないでしょうか?あなたも8という数字は、きっと嫌いではないですよね(笑)

プロ野球でも背番号8番はやはり人気があり、そのチームの中心選手がつける番号と言えます。

様々な話題をお届けしている当ブログですが、今回はDeNAベースターズの背番号8番について特集していきます。ベイスターズの背番号8番をつけた選手の特徴や、歴代の全選手、主な選手の経歴をご紹介しますので、楽しみにしてくださいね。

ご注意
ご紹介する内容は、筆者の思いや推測が含まれています。また正確さを保証している訳ではありませんので、御理解の上お読みください。



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ベイスターズの背番号8番の意味とは?

2018年のシーズン開幕時点で、ベイスターズの背番号8番を背負った選手は、合計で18名になります。

ベイスターズの背番号8番の意味は、まさに強打者をあらわします。特に、ベイスターズの背番号8には、捕手の強打者が多くいるのが特徴ですね。

球団創設10年目から背番号8番を背負った桑田選手は、新人本塁打記録31本を持つ強打者でした。この桑田選手が作り上げた、強打者を意味する背番号8番は、その後、チームの4番を打つ選手や、将来を期待されたスラッガーで継承されてきました。

ちなみに、2011年以降は、筒香選手、小池選手、多村選手と横浜高校出身のスラッガーが背番号8番を継承しているのも、面白い流れです。



歴代の背番号8番を背負った選手をご紹介

次にベイスターズの背番号8番をつけた、歴代の選手の一挙ご紹介いたします。

年 度 年 数 球 団 名 選 手 名
1950年 1年 大洋ホエールズ 田中資昭選手
1951年~1952年 2年 大洋ホエールズ 荒木茂選手
1953年 1年 大洋松竹ロビンス 宮崎仁郎選手
1954年 1年 洋松ロビンス 林直明選手
1955年~1958年 4年 大洋ホエールズ 神田昌男選手
1959年~1968年 10年 大洋ホエールズ 桑田武選手
1969年~1971年 3年 大洋ホエールズ 大橋勲選手
1972年~1974年 3年 大洋ホエールズ 江藤慎一選手
1975年~1984年 10年 大洋ホエールズ・横浜大洋ホエールズ 辻恭彦選手
1985年 1年 横浜大洋ホエールズ ホワイト選手
1986年 空白
1987年~1991年 5年 横浜大洋ホエールズ 大野雄次選手
1992年 1年 横浜大洋ホエールズ 鴻野淳基選手
1993年~2001年 9年 横浜ベイスターズ  谷繁元信選手
2002年~2003年 空白
2004年~2008年 5年 横浜ベイスターズ 相川亮二選手
2009年~2010年 空白
2011年 1年 横浜ベイスターズ 筒香嘉智選手
2012年~2013年 2年 横浜DeNAベイスターズ 小池正晃選手
2014年~2015年 2年 横浜DeNAベイスターズ 多村仁志選手
2016年~2017年 空白
2018年 1年 横浜DeNAベイスターズ 神里和毅選手




背番号8番の名選手をご紹介します

ベイスターズの背番号8番をつけた3名をピックアップし、経歴をご紹介いたしますので、是非参考にしてください。

辻恭彦選手

生年月日  1942年6月18日
出身地   愛知県名古屋市
投/打   右/右
プロ野球歴 阪神タイガース(1962年~1974年)
      大洋ホエールズ(1975年~1984年)
タイトル  特になし

辻選手は捕手として阪神タイガースに入団をしましたが、中々、出場の機会に恵まれませんでした。 しかし、キャッチングが優れていたことから、当時、阪神タイガースのエースであった江夏選手に気に入られてバッテリーを組むことで、出場機会が増えていきます。

1974年に辻選手は、同じ名字の辻佳紀選手と、同じ捕手のポジションという、とても珍しいトレードで、当時の大洋ホエールズに移籍してきました。

そして、大洋ホエールズに在籍していた10年間、背番号8番を付けました。残念ながら、大洋ホエールズでは控えの捕手でしたが、息の長い選手として活躍し続けました。

谷繁元信選手

生年月日  1970年12月21日
出身地   広島県
投/打   右/右
プロ野球歴 横浜大洋ホエールズ(1989年~2001年)
      中日ドラゴンズ(2002年~2015年)
表彰    ゴールデングラブ賞6回、ベストナイン1回

谷繁選手は、中日時代の背番号27番のイメージも強いですが、当時の横浜ベイスターズ時代には、背番号8番を9年間付けていました。

ちなみに、谷繁選手は入団当初は背番号1番をつけていましたが、捕手だと1番という数字が防具に隠れて見えないという理由から、背番号を8番に変更した逸話が残っています。

谷繁選手は高卒ルーキーながら、1年目から一軍に定着すると80試合に出場する活躍を見せます。強肩強打の捕手として長年に渡り活躍をし、捕手としての2937試合出場の日本プロ野球記録を樹立しました。

相川亮二選手

生年月日  1976年7月11日
出身地   千葉県市川市
投/打   右/右
プロ野球歴 横浜ベイスターズ(1995年~2008年)
      東京ヤクルトスワローズ(2009年~2014年)
      読売ジャイアンツ(2015年~2017年)
タイトル  特になし

相川選手は入団当初から打撃の評価は高かったが、捕手としての技量にかけていたことで、中々、一軍での出場機会が得られませんでした。その相川選手は、入団から9年間、背番号59番を付けていましたが、入団10年目に要望していた一桁の背番号8番が与えられます。

すると、正捕手としても定着を図り、活躍を始めます。特に、打撃の評価が高かった相川選手は、2007年に球団歴代捕手の最高打率となる.302を記録しました。




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まとめ

今回は、DeNAベイスターズの背番号8番について特集してきましたが、いかがだったでしょうか?

どの球団でも背番号8番は、チームの中心となる選手がつけるケースが多いですが、ベイスターズでは捕手として活躍した選手が多くつけていたのが特徴的でしたね。

ベイスターズの背番号8番は、今後も捕手が多くつけていくのか、といった事にも注目すると、面白いかもしれませんね。

最後までお読み頂き大感謝!みっつでした。

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