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ベイスターズの背番号9番!その意味と歴代の9番の選手をご紹介

こんにちは、みっつです。

DeNAベイスターズというと、前身の大洋ホエールズ時代から、すっかり神奈川県の球団としてお馴染みになっていますよね。球団が設立されて約70年、多くの選手がベイスターズのユニフォームに袖をとおしました。

今回は、DeNAベイスターズの背番号9番について特集しますが、どうもあまり良い背番号ではないようなんです!

それはどういう事なのかや、前身の球団を含めて背番号9番を背負った全ての選手と、主な3選手をご紹介しますので、楽しみにしてくださいね!

ご注意
ご紹介する内容は、筆者の思いや推測が含まれています。また正確さを保証している訳ではありませんので、御理解の上お読みください。





ベイスターズの背番号9番は鬼門?

ベイスターズの背番号9番は、余り良い番号とはいえないアンラッキー番号です。その証拠にも、1950年に球団が設立後の68年間で、25名もの選手が背番号9番を付けていて、一人の選手が背番号9番を背負った年数は平均2.8年しかないのです。

1年以下で背番号9番を取り替えた選手は、なんと11人にも及びます。また、外国人選手にとっても、背番号9番は鬼門のナンバーとなっており、過去5人の選手が背負うも、すべての選手が1年でチームを去っています。

ベイスターズの歴史のなかで、唯一10年以上、背番号9番を付けた金光選手も、入団当初から3年目までは活躍を見せましたが、それ以降は、控えや代打の切り札に甘んじていました。

そして、今年阪神タイガースから、活躍の場所を求めて移籍をした大和選手も、6月には試合前の練習中、頭部に打球が当たり救急車で病院に搬送、更に、7月には左わき腹を痛めて登録抹消、長期の戦線離脱を余儀なくされるなど、不運が続いています。

大和選手を含め、背番号9番の悪いジンクスを打ち破る選手の登場に期待がもたれます。


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歴代の背番号9番を背負った選手をご紹介

ベイスターズの背番号9、歴代の選手の一挙ご紹介いたします。

年  度 年 数 球 団 名 選 手 名
1950年 1年 大洋ホエールズ 長持栄吉選手
1951年 1年 大洋ホエールズ 新井寛次選手
1952年 1年 大洋ホエールズ 永井馨選手
1953年 1年 大洋松竹ロビンス 綱島新八選手
1954年 1年 洋松ロビンス 中村国雄選手
1955年 1年 大洋ホエールズ 南温平選手
1956年~1958年 3年 大洋ホエールズ 勝浦将元選手
1959年~1969年 10.5年 大洋ホエールズ 金光秀憲選手 
1969年 0.5年 大洋ホエールズ ロジャ選手
1970年~1972年 3年 大洋ホエールズ 安田秦一選手
1973年~1975年 3年 大洋ホエールズ 重松省三選手
1976年 1年 大洋ホエールズ ゲーリー選手
1977年 空白
1978年 1年 横浜大洋ホエールズ  ウォルトン選手
1979年 空白
1980年~1983年 3.5年 横浜大洋ホエールズ 斉藤巧選手
1983年~1986年 3.5年 横浜大洋ホエールズ 若菜嘉晴選手
1987年~1991年 5年 横浜大洋ホエールズ 銚子利夫選手
1992年~1994年 3年 横浜大洋ホエールズ・横浜ベイスターズ 堀江賢治選手
1995年~1996年 2年 横浜ベイスターズ 飯塚富司選手
1997年 空白
1998年 1年 横浜ベイスターズ マラベ選手
1999年 1年 横浜ベイスターズ ポゾ選手
2000年~2006年 7年 横浜ベイスターズ 田中一徳選手
2007年~2010年 4年 横浜ベイスターズ 下窪陽介選手
2011年~2013年 3年 横浜ベイスターズ・横浜DeNAベイスターズ 一輝(嶋村一輝)選手
2014年~2016年 3年 横浜DeNAベイスターズ 黒羽根利規選手
2017年 空白
2018年 1年 横浜DeNAベイスターズ 大和選手




背番号9番の主な3選手

これぞベイスターズの背番号9番と呼べる3名をピックアップし、経歴をご紹介いたしますので、是非参考にしてください。

金光秀憲選手

生年月日  1935年6月2日
出身地   兵庫県
投/打   右/左
プロ野球歴 大洋ホエールズ(1959年~1969年)
タイトル  特になし
金光選手は、球団が創立後、9年間で7人の選手が背番号9番を付けるなど、全く定着を見せないアンラッキーな番号を、入団当初から背負います。しかし、背番号9のジンクスなど関係なく、入団1年目から1軍に定着すると、外野手として活躍をいたします。

残念ながら、入団4年目以降は、控え選手として代打での起用が増えましたが、選手生活の10年間を背番号9番で過ごしました。

若菜嘉晴選手

生年月日  1953年12月5日
出身地   福岡県筑後市
投/打   右/右
プロ野球歴 クラウンライターライオンズ(1972年~1978年)
      阪神タイガース(1979年~1982年)
      大洋ホエールズ(1983年~1988年)
      日本ハムファイターズ(1989年~1991年)
表彰    ダイヤモンドグラブ賞1回

若菜選手は強肩強打の捕手として、当時の西鉄ライオンズに入団しました。その後、阪神タイガースで4年間を過ごした後、当時の大洋ホエールズに移籍をしてきました。

その若菜選手は、在籍していた6年間のうち、約3年半を背番号9番で過ごします。残念ながら、若菜選手も背番号9番を長く付けることなく、シーズンの途中で背番号を22番に変更をいたしました。

ちなみに、若菜選手といえば、強気の攻めをするプレースタイルとして有名でした。打者の顔面に近いボールを投手に要求することから、トラブルも多かった選手です。

田中一徳選手

生年月日  1981年10月28日
出身地   兵庫県尼崎市
投/打   右/左
プロ野球歴 大洋ホエールズ(2000年~2006年)
タイトル  特になし

田中選手はベイスターズ球団の歴史のなかで、2番目に長く背番号9番を背負った選手です。高校野球の名門PL学園から、1999年にドラフト1位でベイスターズに入団をいたします。入団1年目から1軍で試合出場を果たすと、3年目には1軍に定着しました。

しかし、4年目以降は成績も低迷し、6年目以降は1軍での出場もなくなると、その翌年には戦力外通告を受け解雇されました。

PL学園から高卒ルーキーのドラフト1位として、大きな期待を受けて入団をしたにもかかわらず、わずか7年で日本プロ野球の選手として幕を下ろしました。田中選手もベイスターズの背番号9番のジンクスに、人生を左右されたのかもしれません。

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まとめ

今回は、DeNAベイスターズの背番号9番について特集してきましたが、いかがだったでしょうか?

背番号9番をつけると、なぜか良くない事が起こってしまう傾向があるようですね。個人的には選手も違うのに、同じ背番号だからとよくない事が起こるのは理解できないのですが(笑)

今現在つけている大和選手をはじめ、今後は幸福の背番号9番と呼ばれるような、そんな素晴らしい活躍を選手に期待したいですね!

最後までお読み頂き大感謝!みっつでした。

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