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千葉ロッテの背番号5番!歴代の選手とつける選手の傾向をご紹介!

こんにちは、みっつです。

プロ野球で背番号5番というと、そのチームの中心選手がつけている番号と言え、千葉ロッテマリーンズでもやはり中心選手がつけています。

2018年シーズン終了現在で11人の選手が、千葉ロッテマリーンズの背番号5番を背負ってきました。11人全員の紹介と主な3選手のご紹介、そして千葉ロッテマリーンズの背番号5番を背負っていた選手の傾向をご紹介しますので、楽しみにしてくださいね。




千葉ロッテの歴代の背番号5番をつけた選手をご紹介

まず、千葉ロッテマリーンズの背番号5番を付けた、歴代の全11選手を一挙ご紹介します。

年 度 年 数 球 団 名 選 手 名
1950年~1955年 6年 毎日オリオンズ 西本幸雄選手
1956年~1963年 8年 毎日オリオンズ~毎日大映オリオンズ 葛城隆雄選手
1964年~1975年 12年 東京オリオンズ 前田益穂選手
1976年 1年 ロッテオリオンズ ラフィーバー選手
1977年~1987年 11年 ロッテオリオンズ リー選手
1988年 1年 ロッテオリオンズ マドロック選手
1989年 1年 ロッテオリオンズ 空白
1990年 1年 ロッテオリオンズ 高橋慶彦選手 
1991年~2010年 20年 ロッテオリオン   ズ~千葉ロッテマリーンズ 堀幸一選手
2011年~2016年 6年 千葉ロッテマリーンズ 伊志嶺翔大選手
2017年 1年 千葉ロッテマリーンズ ダフィ選手
2018~ 千葉ロッテマリーンズ 安田尚憲選手



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背番号5番を背負った主な3選手

次に、千葉ロッテマリーンズの、背番号5番をつけた主な3選手の経歴をご紹介しますので、是非参考にしてください。

レロン・リー選手

生年月日  1948年3月4日
出身地   アメリカ合衆国カリフォルニア州
投/打   右/左
プロ野球歴 セントルイス・カージナルス (1969年~1971年)
      サンディエゴ・パドレス (1971年~1973年)
      クリーブランド・インディアンス (1974年~1975年)
      ロサンゼルス・ドジャース (1975年~1976年)
      ロッテオリオンズ (1977年~1987年)
タイトル  首位打者1回、本塁打王1回、打点王1回、最多安打1回
表彰    ベストナイン4回

リー選手は、来日1年目である1977年の開幕から衝撃的な活躍を見せて、日本プロ野球界に衝撃を与えました。1977年のシーズンが開幕をすると、開幕2試合目から14試合連続安打、5月8日からは11試合連続打点を記録します。

5月を終了した時点で、すでに本塁打20本、打点51打点をマークしました。そして、千葉ロッテに11年間在籍したリー選手は、入団1年目から10年目まで、すべて打率3割をキープしました。

リー選手の日本プロ野球界における通算打率320は、2018年10月現在で、4000打席以上をマークした選手による歴代打率ランキングにおいて第2位の記録です。ちなみに、ヤクルトスワローズの青木宣親選手に追い抜かれるまでは、史上最高の打率として記録されていました。

スラッガーの代名詞といえる背番号5番を付けたリー選手は、千葉ロッテの歴史の中で、もっともチームの勝利に貢献をした外国人選手といえます。

私がリー選手で印象に残っているのは、『メジャーリーグに戻れば、年棒1億円はもらえる』という発言です。当時の日本プロ野球では年棒1億円の選手は誰もいなくて、1億円というのは夢でした。

しかしメジャーリーグでは年棒1億円が珍しくなくなっていて、野球小僧だった私にはスケールの大きさを見せつけられた思いでした(^_^;)

そして1978年から1982年の5年間は、弟のレオン・リー選手と一緒にプレーし、兄弟で当時のロッテオリオンズの打線を引っ張ったのが、強烈な印象として残っています。

堀幸一選手

生年月日  1969年4月2日
出身地   長崎県長崎市
投/打   右/右
プロ野球歴 ロッテオリオンズ・千葉ロッテマリーンズ(1988年~2010年)
タイトル  なし
表彰    ベストナイン1回

堀選手はロッテ一筋に、23年間の選手生活を送った選手です。その堀選手は、入団から3年間は背番号45番を付けていましたが、入団4年目に背番号5番に昇格をすると、その後20年に渡って付けた、背番号5番の代名詞といえる選手です。

堀選手はシュアなバッティングが特徴であり、特に右方向への打ち方は「天才」と言われました。また、長打力を持ち合わせ、4番打者を任されることも多くあった選手です。1998年には全打順で本塁打を記録もしています。

2010年のシーズン後半に戦力外通告を受け、フロント入りしないか誘われましたが、堀選手は現役を続けたかったため12球団合同トライアウトを受けました。活躍を見せたものの獲得する球団がなく、12月に引退を表明しました。

堀選手というと、ロッテオリオンズ時代に入団した選手で最後まで現役で頑張った選手です。小学生時代にロッテオリオンズファンであった私にとって、一つの時代が終わったと寂しい思いをしたものです。




伊志嶺翔大選手

生年月日  1988年5月12日
出身地   沖縄県平良市
投/打   右/右
プロ野球歴 千葉ロッテマリーンズ(2011年~)
タイトル  ベストナイン1回

伊志嶺選手は東海大学時代に、世界大学野球に日本代表として出場しました。その時、代表チームの主将を務めるとともに、打率0.458をマークする活躍をいたしました。

堅実な守備とプロ野球界でもトップクラスの俊足が評価され、オリックスバッファローズとの競合の末、千葉ロッテマリーンズにドラフト1位で入団しました。

俊足のスラッガーとして大きな期待を受けた伊志嶺選手は、新人ながら20年間にわたり堀選手がつけていた背番号5番を与えられると、初年度から30盗塁を記録し、チームの勝利に貢献をいたします。

翌2012年は2年目のジンクスのように精彩を欠いてしまい、3年目以降も1年目の成績を越えられずに苦しむ事となります。残念ながら入団7年目の2017年からは、背番号も5番から38番へ変更されました。




千葉ロッテマリーンズの背番号5番の傾向とは?

日本プロ野球界において背番号5番は、ポジション番号でもある三塁手など、内野手が付けるという傾向があります。

2018年のシーズン終了時点で、千葉ロッテの背番号5番を背負った選手は、合計で11名になりますが、千葉ロッテマリーンズにおいても、背番号5番は投手の背番号ではなく野手が多くつける傾向がある背番号になります。

その中には、日本プロ野球の歴史の中でも、通算打率ランキング2位に輝く記録を残したリー選手も含まれます。また外国人選手を除くと、比較的長く付け続ける傾向があります。

それだけ千葉ロッテには、背番号5番に愛着を持った選手が多く、また好成績を残している選手が揃っていることになります。

ちなみに、偉大なOBが名を連ねる伝統の背番号5を、2018年から背負っている現役選手は、名門履正社高校からドラフト1位で入団をした安田尚憲内野手です。高校No1スラッガーとして甲子園球場を沸かした安田選手に、背番号5番に似合う期待したいですね。

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まとめ

今回は、千葉ロッテマリーンズの背番号5番について特集してきましたが、いかがだったでしょうか?

他球団と同じように、千葉ロッテマリーンズでも野手がつける番号として定着してきました。そして多くの選手が、6年以上の長期にわたって背番号5番をつけてきているのも、特徴と言えます。

2018年から千葉ロッテマリーンズの背番号5番を背負っている安田選手、持ち前のバッティング力をフルに発揮して活躍し、歴代の選手のように末永く背番号5番を背負っていくことを願ってやみません。

最後までお読み頂き大感謝!みっつでした。

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