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背番号7番は野球でどんな意味がある?プロとアマチュアで徹底研究 !

こんにちは、みっつです。

数字の7というと、ラッキー7という言葉があるように縁起の良い数字として人気がありますよね!
野球においては、背番号7番はどのような意味があるのでしょうか?

プロ野球とアマチュア野球での背番号7番の持つ意味や、背番号7番をつけて大活躍した選手をご紹介していきますので、楽しみにしていてくださいね!

ご注意
ご紹介する内容は、筆者の思いや推測が含まれています。また正確さを保証している訳ではありませんので、御理解の上お読みください。



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プロ野球での背番号7番の意味

まずは、プロ優先での背番号7の意味について考えてみます。

最初にお伝えした通り、ラッキー7という言葉からも数字の7は人から好まれる数字です。元々はラッキー7という言葉は西洋から来ていて、野球発祥のアメリカ大リーグでも、7番はラッキーな数字と捉えられています。

7回の攻撃は点数が入りやすいイニングとしてラッキー7と呼ばれ、プロ野球の試合では7回の攻撃前に点が入るように願って、特別な応援をしているケースが多いです。

このように7はラッキーな数字という事で、背番号7番も人気の背番号といえます。チームもラッキナンバーをつけた選手に、リードオフマンとした役割を期待し、勝利に導いて欲しいと願いるのです。

プロ野球で背番号7番の選手は、打線に勢いをつける1番打者や、チャンスに打順が回ってくる3番打者などがつける傾向にあるようです。

背番号7番をつけた選手には、首位打者・打点王、さらに盗塁王などのタイトルを獲得した選手が多くいます。




アマチュア野球での背番号7番の意味

次に、アマチュア野球での背番号7番の意味についてご紹介していきます。

高校野球では各ポジションにより背番号が割り当てられます。高校野球において背番号7は、左翼手をあらわしています。

その一方で、大学野球や社会人野球では、背番号は自由に決めることが可能です。

背番号7番はラッキー番号のイメージが強いことから、プロ野球と同様に選手の間で人気の背番号となります。




プロ野球での主な背番号7番の選手

プロ優先で背番号7番をつけて大活躍した、5人の選手をご紹介します。

福本豊選手

生年月日  1947年11月7日
出身地   大阪府
投/打   左/左
プロ野球歴 阪急ブレーブス(1969年~1988年)
タイトル  盗塁王13回
表彰歴   MVP1回
      ダイヤモンドグラブ賞12回

「世界の盗塁王」と呼ばれた福本選手は、阪急ブレーブスで長年、背番号7番をつけ続けた選手です。

身長168cmmと小柄な福本選手は、入団当初はチーム内の期待も薄く、背番号は40番でした。
しかし、入団2年目には外野のレギュラーに定着すると、持ち前の俊足を生かし、パーリーグの盗塁王に輝きました。

入団4年目、1972年に背番号を7に変更し、シーズン106盗塁を成功させ世界記録を樹立したのです。

通算の盗塁数1065回は、1992年アメリカ大リーグのリッキー・ヘンダーソン選手に抜かれるまでは世界記録でした。

福本選手は盗塁について「脚力よりもメンタル面」を唱えており、塁上の福本選手と投手との心理戦がファンを楽しませる事も多かったです。

柴田勲選手

生年月日  1944年2月8日
出身地   神奈川県
投/打   右/右・左
プロ野球歴 読売ジャイアンツ(1962年~1981年)
タイトル  盗塁王6回
表彰歴   ダイヤモンドグラブ賞5回
      
柴田選手は読売ジャイアンツの9連覇を、リードオフマンとして大いなる貢献をした選手です。

一番柴田が出塁をし、すかさずセカンドへ盗塁をすると、3番王選手や4番長嶋選手が打って得点をする構図が出来上がっていました。

柴田選手は投手として入団をしましたが、1年目で投手をあきらめバッターに転向をいたしました。

そして日本プロ野球界で最初のスイッチヒッターとなり、通算2018本の安打を記録いたしました。

柴田選手は入団当時、背番号12をつけていましたが、入団9年目からつけた背番号7のイメージが強く残っています。

真弓明信選手

生年月日  1953年7月12日
出身地   福岡県
投/打   右/右
プロ野球歴 太平洋クラブライオンズ(1973年~1976年)
      クラウンライターライオンズ(1977年~1978年)
      阪神タイガース(1979年~1995年)
タイトル  首位打者1回
 
1973年にプロ野球入りを果たした、真弓選手は1979年にクラウンライターズから大型トレードにより阪神に移籍をしてきました。

クラウンライターライオンズでは背番号42番をつけていた真弓選手でしたが、阪神タイガースで背番号7番をつけるようになりました。

1983年には打率353で首位打者に輝くと、1985年には阪神タイガースの21年ぶりのリーグ優勝にリードオフマンとして貢献しています。

それまで、阪神タイガースの背番号7番は鬼門の背番号とされていましたが、真弓選手の亜活躍により、背番号7番に新たな息を吹き込むことになりました。

今岡誠選手

生年月日  1974年9月11日
出身地   兵庫県
投/打   右/右
プロ野球歴 阪神タイガース(1997年~2009年)
      千葉ロッテマリーンズ(2010年~2012年)
タイトル  首位打者1回
      打点王1回
表彰歴   ゴールデングラブ賞1回

今岡選手は1997年に東洋大学からドラフト1位で入団しました。

大型内野手として球団から大きな期待をもたれ、背番号も真弓選手がつけていた背番号7を継承したのです。

主に1番バッターとしてリードオフマンの役割を果たしましたが、真弓選手と同じく長距離の打てる1番バッターでもありました。

2003年首位打者を獲得した年は、初回先頭打者本塁打を7本放ち、2試合連続の初球先頭打者本塁打もありました。

宇野勝選手

生年月日  1958年5月30日
出身地   千葉県
投/打   右/右
プロ野球歴 中日ドラゴンズ(1977年~1992年)
      千葉ロッテマリーンズ(1993年~1994年)
タイトル  本塁打王1回

中日ドラゴンズでは背番号7番をつけると、長く活躍できないといわれています。そのなかでも、宇野選手は最も強く印象が残っている選手です。

実際に、宇野選手は1979年から1992年まで14年間にわたり背番号7番をつけていました。

宇野選手は「珍プレー名人」とうれしくない称号を与えられてはいますが、1984年には本塁打王に輝くなど、大型遊撃選手として活躍をしました。

守備範囲はとても広く、ベストナインにも選ばれた事もある名選手です。



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まとめ

今回は、野球における背番号7番の意味についてご紹介してきましたが、いかがだったでしょうか?

日常生活でも人気のある数字の7、野球にでも人気の背番号になっていましたね。

プロ野球では、攻守にバランスのとれた選手がつけるケースが多いようです。これからも、この傾向は守られていく事でしょう。

最後までお読み頂き大感謝!みっつでした。

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