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横浜DeNAベイスターズの背番号!歴代の永久欠番と準永久欠番を全紹介

こんにちは、みっつです。

横浜DeNAベイスターズは、横浜に本拠地を置くプロ野球チームです。もうすっかり横浜に溶け込んでいる感じですよね!

でも前身のチーム時代は、山口県の下関や大阪が本拠地だった事があるのって、野球ファンの私も最近知りました(^_^;)

今回は、そんな横浜DeNAベイスターズの永久欠番と準永久欠番について特集していきたいと思います。永久欠番や準永久欠番の選手がいるのかどうかや、該当する全選手の紹介をしていきますので、楽しみにしてくださいね。

ご注意
ご紹介する内容は、筆者の思いや推測が含まれています。また正確さを保証している訳ではありませんので、御理解の上お読みください。



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横浜DeNAベイスターズに永久欠番はある?

日本プロ野球の歴史のなかで、偉大な選手が身に付け、その後、誰も継承することが許されない番号を永久欠番といいます。

2018年現在、日本プロ野球の永久欠番は18件ありますが、横浜DeNAベイスターズで該当はありません。しかし1997年、当時の横浜ベイスターズが、対象者を固定せずに背番号100を永久欠番に定めた事があります。

これは、ある特定の背番号を先に永久欠番とし、球団に貢献した人に背番号100番をプレゼントして、讃えようとするとても珍しい試みだったのです。

この面白い試みも、2012年に球団がDeNAに身売りをすると、背番号100番も永久欠番から消滅をしています。




あの選手は永久欠番じゃないの?

永久欠番は日本野球機構が定めるものではなく、各々の球団が独自に定めることから、球団によってその基準も変わってきます。その時代の背景や、球団オーナーや監督等の思惑も、永久欠番の制定に左右されます。

ですので、本来ならば永久欠番に制定されてもおかしくないが、タイミングを逃してしまった選手もいます。

横浜DeNAベイスターズも例外ではなく、の前身となる大洋ホエールズで活躍した平松政次選手もその1人です。

平松政次選手

生年月日  1947年9月19日
出身地   岡山県
投/打   右/右
プロ野球歴 横浜大洋ホエールズ(1967年~1984年)
タイトル  最多勝2回、最優秀防御率1回
表彰    沢村賞1回
背番号   27

平松選手は、1965年のセンバツ高校野球大会で4試合連続の完封勝利を記録し、一気に注目を浴びました。その後、ドラフトで中日ドラゴンズから指名を受けるも拒否し、その翌年にあらためて大洋ホエールズに入団しました。

入団当初こそ結果を残せませんでしたが、3年目から12年連続で二桁勝利の活躍を見せ、大洋ホエールズのエースとして大活躍します。また、平松選手は右打者の懐に鋭く食い込んでいくカミソリシュートを武器に、1970年から2年連続で最多勝のタイトルも獲得しました。

特に、平松投手は当時のV9巨人打線の中心選手の長嶋選手を苦しめたことでも有名です。当時、弱小チームの大洋ホエールズのエースとして、通算251勝を挙げる、孤軍奮闘の活躍をいたしました。

このような輝かしい実績を持つ平松選手の背番号27番は、永久欠番としてもおかしくないですよね。




横浜DeNAベイスターズの準永久欠番の意味とは

2018年現在、横浜DeNAベイスターズでは、背番号18番を「横浜ナンバー」とし、横浜DeNAベイスターズで唯一の準永久欠番となっています。

本来、背番号18番はチームの現役のエース投手がつける事が多いので、永久欠番に制定されている例はありません。準永久欠番扱いになっているのでさえ、横浜DeNAベイスターズと、東北楽天ゴールデンイーグルスの2球団だけです。

横浜DeNAベイスターズが、あえて背番号18番を準永久欠番にしているのには、単なる投手としての成績だけではありません。チームリーダーとしての存在や、チームを牽引してきた功績なども評価し、それに相応しい選手が現れるまで背番号18番を準永久欠番としています。

そして、この背番号18を最後に付けた選手が、2016年で引退をした三浦大輔選手です。

三浦大輔選手

生年月日  1973年12月25日
出身地   奈良県橿原市
投/打   右/右
プロ野球歴 横浜DeNAベイスターズ(1992年~2016年)
タイトル  最高勝率1回、最優秀防御率1回、最多奪三振1回
準永久欠番 18

三浦選手は1992年に横浜DeNAベイスターズの前身となる、大洋ホエールズに入団をしました。それから、現役23年間をずっと横浜の球団一筋に活躍を続けた選手です。特に、低迷する弱小球団のなかで、背番号18番のエース番号を守り続けました。

また、自身がロック界の大御所矢沢永吉の大ファンであることから、リーゼントのヘアスタイルがトレードマークとなり、「ハマの番長」としてファンやチームメイトにとても愛された選手でした。




まとめ

今回は、横浜DeNAベイスターズの永久欠番と準永久欠番についての特集でしたが、いかがだったでしょうか?長い歴史の中で、横浜DeNAベイスターズの選手で永久欠番になった人がいないのは意外な感じでした。

準永久欠番も1つだけという事は、球団としての方針なのかもしれませんね。

今後、横浜ナンバーがふさわしい選手が現れて、横浜DeNAベイスターズの背番号18番が見られるか、といった事に注目するのも面白いかもしれません。

最後までお読み頂き大感謝!みっつでした。

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