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千葉ロッテの永久欠番と準永久欠番!前身球団含め全員紹介!

こんにちは、みっつです。

千葉県にプロ野球のチームができる事、これは千葉県生まれで50代の私にとって夢であると同時に、夢物語といった感じでした。それだけ千葉県にプロ野球チームが出来るような状況に思えなかったし、千葉にチームが出来たという想定の漫画がヒットしていたのです。

しかし、『事実は小説よりも奇なり』1992年には千葉ロッテマリーンズがパ・リーグに誕生してしまいました(^_^;)

今回は、千葉ロッテマリーンズの永久欠番と準永久欠番の特集です。永久欠番と準永久欠番の番号と選手を、前身の球団も含めて全て紹介します。

ご注意
ご紹介する内容は、筆者の思いや推測が含まれています。また正確さを保証している訳ではありませんので、御理解の上お読みください。



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千葉ロッテマリーンズに永久欠番はある?

日本プロ野球の歴史の中で、偉大な選手が身に付け、その後、誰も継承することが許されない番号を永久欠番といいます。

2018年現在、最高栄誉の永久欠番は18件ありますが、千葉ロッテマリーンズに該当はありません。前身球団から長い歴史があるにもかかわらず、永久欠番がないのは意外でしたね!




あの選手は永久欠番じゃないの?

前身球団を含めて、あの選手は永久欠番になっても不思議ではない、いや永久欠番じゃないとおかしい位に大活躍した選手がいます。

それは、落合博満選手です。落合選手の経歴についてご紹介しておきますね。

落合博満選手

生年月日  1953年12月9日
出身地   秋田
投/打   右/右
プロ野球暦 ロッテオリオンズ(1979年~1986年)
      中日ドラゴンズ(1987年~1993年)
      読売ジャイアンツ(1994年~1996年)
      日本ハムファイターズ(1997年~1998年)
タイトル  三冠王3回、首位打者5回、本塁打王5回、打点王5回
背番号   6番

落合選手は現役通算2317安打、510本塁打を放ち、史上最多の3度の三冠王に輝いた、プロ野球史上最強の右打者です。落合選手はプロに入団したのが25歳と遅かったににもかかわらず、これだけの成績を残した、まさに天才肌の打者でもあります。

常に「オレ流」を貫く調整法で、シーズン前のオープン戦で一度もバットを振らなかった逸話も残っています。

通算7回の最高出塁率に輝き、2年連続で50本のホームランを放つなど、落合選手の背番号6番は、永久欠番に制定されてもおかしくありません。




千葉ロッテマリーンズの準永久欠番の意味と全選手の紹介

永久欠番も準永久欠番も、偉大な功績を残した選手の背番号を欠番にすることには変わりません。欠番とする期間が永久なのか、一時的なものかの違いです。

千葉ロッテマリーンズには3つの準永久欠番があります。その3つとは

  • 村田兆治選手の29番
  • 有藤通世選手の8番
  • マリーンズファンのための26番

となります。その内の村田選手と有藤選手は今は準永久欠番ではなくなっています。そのあたりも含めて、ご紹介していきたいと思います。

村田兆治選手

生年月日  1949年11月27日
出身地   広島県三原市
投/打   右/右
プロ野球歴 ロッテオリオンズ(1968年~1990年)
タイトル  最多勝1回、最優秀防御率3回、最多セーブ投手1回、最多奪三振4回
表彰    ベストナイン1回

村田投手は長い日本プロ野球史の中で、「火を噴くストレート」と呼ばれる剛速球投手でした。1949年に広島県で生まれた村田投手は、1967年に高卒ながらドラフト1位で、当時の東京オリオンズに入団をいたしました。

村田投手ほどストレートにこだわった投手おらず、入団後の3年間はストレートのスピードとコントロールの両立を目指し、徹底した下半身強化からフォーム改良に費やします。

そして、入団4年目に完成したのが、「まさかり投法」と投球フォームです。決してかっこうの良い投げ方ではありませんが、ダイナミックなフォームから投げ下ろされるストレートで、通算215勝及び通算奪三振2363個の成績を残しました。

特に、ストレートにこだわった村田投手の凄さは、40歳で最優秀防御率を獲得したことです。

引退後準永久欠番になっていましたが、他球団(福岡ダイエーホークス)の投手コーチを引き受けたことで、欠番から外されました。



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有藤通世選手

生年月日  1946年12月17日
出身地   高知県
投/打   右/右
プロ野球歴 ロッテオリオンズ(1969年~1986年)
タイトル  首位打者1回
表彰    新人王、ダイヤモンドグラブ賞4回

有藤選手は「ミスター・オリオンズ」と呼ばれた、ロッテオリオンズ時代に大活躍した選手です。

近畿大学の主砲として活躍していた有藤選手は、ロッテオリオンズにドラフト1位で入団し、入団1年目からダイナミックな打撃と三塁守備で活躍、新人王に輝きました。

新入団から8年連続で20本塁打を放ち、1985年にはパ・リーグの大卒選手として、初めての2000本安打を記録しました。

有藤選手の背番号8番は、ロッテオリオンズの永久欠番となりましたが、その後、本拠地のチーム名変更の代償として、残念ながら永久欠番はリセットされています。

マリーンズファンのための26番

千葉ロッテマリーンズでは、2005年からマリーンズファンのために26番を準永久欠番としています。なぜ26番かと言いますと、日本のプロ野球では、試合のベンチ入り出来る選手が25人と定められています。

26番をファンのための番号とする事で、ベンチ入り25人の次の選手として一緒に頑張っていこうという意味があるのです。




 

まとめ

今回は、千葉ロッテマリーンズの永久欠番と準永久欠番について特集してきましたが、いかがだったでしょうか?永久欠番になった番号がないというのは、長い歴史があるにもかかわらず意外な感じでしたね。

準永久欠番も少なめで、その少ない中で、選手の成績と関係ない理由で2つ消滅してしまっているのが残念でした。

他球団のコーチになったり、球団が身売りされたりというのは、選手の活躍とは関係ないので、本来は失効することなく継承されるべきかなと思います。

最後までお読み頂き大感謝!みっつでした。

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